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フランスでの経験を糧に、
さらなる“舞台”へ
羽ばたきたい

第42期 派遣研修生

奥村おくむら泰人やすとさん(聴覚障がい)

フランスでろう者俳優の演技を学ぶためETU(École de Théâtre Universelle)に入学し、さまざまな実技や座学を研修。帰国後も、「ろう者・きこえる人が関係なく楽しめる作品を提供したい」という幼い頃からの夢を実現するため、手話言語による演技が当たり前になることを目指して活動を続けられています。

2026/1/23

ダスキンは社会貢献活動として「愛の輪基金」を設立し、障がいのある方の自立と社会参加を支援する人材育成の「ダスキン障害者リーダー育成海外研修派遣事業」「ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業」に取り組んでいます。今回は第42期派遣研修生としてフランスへ派遣された奥村泰人さんにインタビューしました。

公益財団法人 ダスキン愛の輪基金

ダスキン愛の輪基金は、障がいのある人もない人も心豊かに暮らせる「共生社会」の実現をめざして、株式会社ダスキンとダスキンのフランチャイズ加盟店が支援して設立されました。
ミスタードーナツの店頭などでの募金をはじめ、皆様からの寄付、会員の皆様からの会費によって、設立より40年以上続いている社会貢献活動です。

インタビュー動画

コロナ禍をきっかけに
「演技」ともっと
向き合いたいと思うように

Q

ダスキン愛の輪基金の研修に応募されたきっかけを教えてください。

もともと私は俳優として舞台やテレビなどに出演していました。2020年頃、コロナ禍で仕事も減っていく中、家で悶々としていました。その時間を利用して自分を見つめ直し、もっと演技を勉強したいと思うようになりました。しかし、日本では演劇の学校はなかなかろう者(生まれつきや音声言語を習得する前に失聴した人)が入りづらい環境です。

色々と思い悩んで仲間に相談したところ、演技を勉強するにはフランスが良いのではないかとすすめられました。そこで調べていくうちに、ダスキン愛の輪基金にたどり着きました。当時から仕事関係でろう者や難聴者の俳優たちとよく会っていましたが、ダスキンの研修に参加された先輩や同僚が多くいました。みなさんから経験談を聞き、応募することにしました。

Q

フランス留学が決まってから、どのような準備をされましたか。

海外に留学経験のある方からアドバイスをもらったり、フランス手話言語を指導する講師にマンツーマンで指導してもらったりしました。しかし、コロナ禍の影響でなかなかビザを取れないなど計画通りに進まず出発することができませんでした。そんな中、ダスキン愛の輪基金が情勢を鑑みて契約期間を延長してくださり、出発することができました。今振り返ると、フランスでの生活よりも渡航前の準備が一番大変だったと思います。

ろう者も
自然に馴染んでいる
社会
が心地良い

Q

現地ではどのような生活をされていたか教えてください。

事前にフランス手話言語を勉強していたものの、フランスに着いた当初はあまり上手くコミュニケーションが取れず、分からないことだらけでした。手話言語を覚えつつ、手話言語を使う友人やろう者・難聴者の友人をつくることに必死でした。入学する前に、パリのろう者の劇団の活動を見学したり友人とコミュニケーションを取ったりしながら手話言語を覚えていきました。

Q

手話言語というのは世界共通ではなく国ごとに違うものなのでしょうか。

よく誤解されていることなのですが、手話言語は共通ではありません。言語が、日本語・英語・フランス語と国によって違うのと同じで、手話言語も日本手話言語、フランス手話言語、アメリカ手話言語などがあります。

Q

日本にいるときもコミュニケーションには手話言語が必要だったと思いますが、それが海外となるとより大変でしたか。

どちらかというと、むしろフランスのほうがコミュニケーションの面ではストレスフリーだと感じました。というのも例えばお店に行った時に、日本ではろう者と伝えるとどのように対応しようかとか、筆談した方がいいのかなとか、そんな感じで店員さんが少し困ってしまいます。

一方、フランスではろう者だと伝えても店員さんにそのような反応をされません。「それがどうしたの?」という感じなのです。分け隔てなく、ごく当たり前に「人」として見てもらえるのが一番良いところだと思っています。多国籍な国なので、いろいろな人を受け入れる文化なのかなと思います。

さすがは芸術大国!
ろう者の俳優も
あちこちで活躍

Q

いざ留学生活が始まり、フランスは「芸術の国」のイメージ通りでしたか。

はい、イメージ通りでした。ろう者の視点としてもフランスは芸術が盛んであり、歴史があります。フランスのろう者による芸術祭「クランドゥイユ」が2年に一度開催されたり、ろう者で構成する劇団「IVT」などがあったりと、とにかく芸術が盛んな国だと感じました。

また、フランスは子どもも大人も芸術について話をしたり議論したりすることも好む国柄だなと思いました。例えば講演の際、最後に質疑の時間があります。日本では「質疑はありますか」と尋ねると、手が上がるのが1人か2人ぐらいというようなイメージでしょうか。一方フランスでは、列をなして質問をしてくるのです。それも慣れているようなので、これが当たり前の環境なのだなと感じました。

Q

学びの中で記憶に残っているエピソードなどはありますか。

学校では演技技術、役づくり、感情表現など基本的なことから1年間学びました。研修先は色々なところに行ったのですが、パリのテーマパークでの体験は衝撃的でした。歌やダンスをする舞台があり、ろう者の俳優が他の俳優と同じきらびやかな衣装を着て舞台を自由に動き回っていたのです。ある作品では幕が下りる前のみんなで歌うシーンで、ろう者の俳優自身が手話言語で演じていました。日本の舞台で例えば手話言語の通訳をつける際は、舞台の端で立っているイメージだと思うのでこの差には驚きました。

また、別の機会にろう者の俳優が出ている舞台に行った際、入口でろう者の俳優が出演しているか聞いてもスタッフは知らなかったのです。パンフレットにもわざわざ「ろう俳優」との記載はなかったのですが、実際は出演していました。ろう者を他の人と分け隔てなく扱っていることが印象に残りました。

「演技が好き」という
気持ちでひたすら没頭できた

Q

学ぶ中で「気づき」はありましたか。

「École de Théâtre Universelle(以下ETU)」という学校で学んでいたのですが、そこの創立メンバーの先生からいただいた「ろう者向けの公演のためではなく、純粋に演技が好きでその追及のために勉強してほしい」という言葉が鮮明に残っています。例えば日本の俳優で演技を学ぶ理由として、日本語を広めるためという方はほぼいらっしゃらないと思います。ですが、ろう者の場合は手話言語やろう者のために演技を学ぶという人も少なからずいるのです。

私自身、演技を始めたのは「好き」だからだったのですが、いつの間にか「ろう者のため」と思うようになり世界を狭めていたことに気づかされました。改めて、演技をしたいから学びたいという気持ちに気づき、気持ち的にも楽になりました。

Q

留学で得た一番大きなものは何だったのでしょうか。

1年間、演技を集中的に学べたことです。日本で演技を手話言語で学べる場はあまりありませんが、今回の研修では手話言語で学べたのが一番の大きな成果だと思っています。フランスでは観光地のツアーガイドの公式言語として手話言語が必ず入っているほど「当たり前」の存在なので、学校でも手話言語で学ぶことができて良かったです。

Q

留学によってどんなところに成長を感じられていますか。

演技に対する見方や心構えの面で成長しているなと感じる部分があります。もちろん演技に関しては正解がないと思いますので、ずっと勉強していかなくてはと思っています。

みんなが楽しめる場や作品
何としてもつくりたい!

Q

帰国してからの活動を教えてください。

今年でいえば、4月に恋愛をテーマにした舞台に出演しました。また、デフリンピック関係のお仕事にも携わっています。手話言語を使って選手を応援する「サインエール」というものがあり、そのパフォーマーとしての活動もしています。あと、「デフW」というお笑いコンビでの活動もしており、デフリンピック100日前に行われたイベントでコントを披露しました。この他、「黙るな 動け 呼吸しろ」という舞台にも出演します。

Q

お仕事をする上で大切にされていることがあれば教えてください。

留学以前からですが、「感謝の気持ちを持つ」ことを大切にしています。例えば俳優の仕事においても、やはり一人ではできないと思うのですね。舞台、メイク、照明、技術などなど、一つひとつの仕事があるからこそ自分の演技ができると思っています。

また、フランスに留学する前は多くの仲間が応援してくれました。空港にも40人近くの人たちが来てくれたのです。そうした経緯もあるので、感謝の気持ちを持ち続けなければいけないと思っています。

Q

最後に、今後の目標を教えてください。

小さい頃から「きこえる人・ろう者関係なく、みんなが楽しめる場や作品を提供する」という夢を持っています。そのために今、劇場や学校などどんな「場」があるか探しているところです。今回、ダスキン愛の輪基金を通じてフランスに留学し多くの刺激を得られましたし、多くの仲間や考え方などに触れることができました。今後はこれを生かして、夢をどのように実現していくのか考えていきたいです。

社会貢献への取り組み 愛の輪運動